ミラノに来て一週間。モデルのとある一日。
ミラノにきて約一週間と少しが過ぎた。 事務所まわりから契約、そしてそこからの怒涛の連日キャスティングからきている疲れのせいか、朝起きると身体が動かない。 この日のキャスティングは珍しく1本だけ。On time! Don’t miss it!とのことなので、何とか起きて、まずは顔のマッサージ。老廃物がたまっているのか激痛。 バスに乗って、某有名メゾンのキャスティングに向かう。 オフィスにつくと、メンズもいるが、珍しく人数が少ない。しかも、アジア人は私だけ。これはラッキーかもと思いながら、列らしきものに並んで待つ。 今回は全員フィッティングをして、写真をとるようだ。まだ世に出回っていない今期のコレクションのルックを着れることにわくわくしながら、その後待つこと1時間半。 次は私の番だなと思っていたが、何故だがクライアントが何人かのモデルを先にまわす。この時から嫌な予感はしていた。 そして、やっと私の番。 先に靴を履いてと言われたので、履くとそのまま写真を撮ろうとしている。 え?フィッティングしてないんやけど!?と動揺しながら、とりあえず写真を撮る。 そのまま「ありがとう!」と言われ、「え、おしまい?」と聞くと、「うん!バイバイ!」と言われた。 え、私だけフィッティングしてない… 約二週間前に日本を出て、ヨーロッパの事務所を歩きまわった。そして、ミラノの事務所と契約直後から、アパートを探しながら、連日の長蛇のキャスティングをこなしてきた。 何もかもが手探りの毎日。私生活でもイタリア語がわからなくて不自由ばかりだ。 事務所が決まって、この場にいれることには本当に感謝しているので、前向きに頑張ってきたが、この二週間分の身体の疲れがダイレクトにメンタルにきた模様。 何ともないと思っていたが、色々とたまっていたものがその時に爆発した。 もうなんやねん!!! 悔しさや不安、惨めな気持ちなど色んな感情が混ざり合う。 理由はいつもわからない。もしかしたらアジア人はいらなかったのかもしれない。ブランドのイメージじゃなかったのかもしれない。 こういうのは合うか合わないかの問題だと思うようにはしているのだが、ただあまりにも露骨にNOを示されると、やはり落ち込む。 ただそんな状況でもいつ追加のキャスティングがはいるかわからないので、夜までアパートには帰れない。 コーヒーでも飲んで、気持ちを落ちつかせようと、近場のこじんまりしたカフェに入る。 カプチーノをテイクアウトでオーダーして、カウンターで項垂れながら待っていると、カフェのオーナーらしき人が私とその横にいた男性に、コーヒー味のアイスのようなものを器に入れて差し出してきた。 イタリア語で何か言ってくる。英語は通じない。 隣の男性がグラッツェと言って食べ始めている。 どうやらサービスのようなので、グラッツェと言って、一口食べてみる。 甘い。美味しい。 甘さが体の奥に染みていくのがわかった。オーナーは食べ終わるのを笑顔で見守っている。 こういう時にイタリア語が話せないのが悲しい。 その代わりにグラッツェと何度も言ってお店を出る。 去り際にオーナーが片言の英語で、Have a nice day! と言ってくれた。 その後、Duomoの近くまできたので、プラプラ歩いて時間を潰していると、「しづー!!!」と声が聞こえる。 疲れ過ぎてついに幻聴が聞こえるようになったかと思ったが、斜め前で同じ事務所の日本人モデルの友人が手を振っているではないか。 ミラノでばったり知り合いに会って、気持ちもあがる。 私の事務所には今、四人の日本人のモデルがいるのだが、もう一人の子とランチをするらしいので一緒に行くことに。 三人でランチをしていると一斉にメールがくる。追加キャスティングだ。 近場だったので、みんなで移動。早くついたので1時間も待たなくてすんだのだが、全員秒殺。 そこからみんなでミラノのスタバ Reserve Roastery の本店に行く。 中目黒の店舗はすごく混んでいるそうだが、ミラノではすぐに座れた。 美味しそうなピザやケーキ。たくさんの誘惑に目移りしながら、ご褒美にティラミスをシェアして食べる。 みんな体系維持のために普段から節制しているが、たまには甘いものでも食べなければやっていけない。 そして、キャスティングを終えたもう一人の日本人モデルの子も集まり、全員集合。 日頃の鬱憤を晴らすかのように、みんなで話し込む。 シンガポールにいた頃は日本人のモデルの子が同じ時期にいなかったので、この三人の存在はすごく有難い。 経験者の子たちの話を聞いてると、私だったら耐えられないわというような辛い経験をたくさんしている。 それでもみんな死に物狂いで努力をし続け、チャンスを掴んできた。本当に尊敬している。 三人とも揃いに揃って負けず嫌いで、努力家で、すごく優しい。 その内に辛いことがあってもいつも明るい1つ年下の子がいる。 その子の前回の滞在の時の苦労話を聞いた後に「よくそれでミラノに戻ってきたなぁ」と言うと、 「実はさ、ミラノにくる飛行機で手足が勝手に震えたの。もう辛かったこと全部忘れたって思ってたけど、トラウマって身体が覚えてんだね!」 とその子は笑って答えた。 あぁ、みんな戦ってるんだな、とその時思った。 一見キラキラして見えるモデルの世界。けれど、本当はすごくすごく熾烈な世界である。 何百人ものモデルが世界中からこのヨーロッパにチャンスを掴みにやってくる。 キャスティングなしでダイレクトブッキングをもらえるのは、トップの一握りのモデルだけで、その他大勢のモデルたちはどんな扱いを受けても、どれだけ劣悪な環境でキャスティングを待とうとも、じっと耐えて、チャンスを掴むその時を待つ。 昨日、列の一つ前に並んでいたモデルの子。すごく綺麗な子だった。顔もすごく小さくて、背も高い。まだ顔に幼さが残っていたので、16歳くらいだろう。 並びながらその子の足元をふと見ると、サンダルの隙間からたくさんの絆創膏が見えた。 血が滲んでいた。 そして、ウォーキングが終わるのを待たずにサンキューと言われ、またその絆創膏まみれの足で次のキャスティングに向かっていく姿を後ろからそっと見届けた。 自分なんてまだまだじゃないか。 帰りのバスで自分に言い聞かせる。 そうしてミラノの中心部から離れたアパートに帰宅。 明日には何が待っているかはわからない。 チャンスはいつくるのかもわからない。 だからこそ諦めたらおしまいなのだと、今日もせっせと身体と肌のメンテナンスをする。 今こうしてミラノにいて、こんな貴重な経験をできていることに感謝だなぁと思いながら、支えてくれている人たちの顔を一人一人ベットの中で思い浮かべる。 負けたくない。 何より、こんな弱い自分に負けたくないんだ、と強く思った。